教育理念
広い視野のもと、豊かな人間性と独自の見識を持ち、
世界を心に入れた人を育てる。
四つの標語
本校はキリストの教えに基づく人格教育を実践しています。
学園の教育方針
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キリストの教えから人間としての生き方、在り方を学ぶ。
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民族・人種の違いを超え、互いの人種と、一人ひとりの特性を尊重する。
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体験を通し、創造性を豊かにする。
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世界市民としての品性を身に付ける。
学園の歴史
啓明学園は、1940年に三井家総本家11代目、三井八郎右衛門の実弟、三井高維氏によって創立されました。東京の赤坂台町にあった私邸を開放し、海外に勤務する方々の子女たちが、将来世界に雄飛し、国際的に奉仕ができ、信仰を持てるようにと、人材の育成を目指したことが学園の始まりです。
大恐慌を経て世界中が不安に包まれ、日米開戦の不穏な空気が迫るあの時代に、高維は外国語(英語・ドイツ語・フランス語)教育の専門教員を配し、「国際的に有能に活動し得る素地を養成」することを目標の一つに掲げました。
以来、80余年のあゆみの中で、本校は多くの帰国生・外国籍生・留学生を受け入れ、世界中の多様な国・地域と親交を深めてきました。高維が理想とした「世界を心に入れた人の育成」、そして、多様な文化が共生し、生徒一人ひとりがのびのびと心豊かに過ごせる学びの環境は、今も受け継がれています。
沿革
1940年 |
3月 東京都港区赤坂台町において啓明学園小学校の創立が許可される。 |
1941年 |
4月 中学部、高等女学部の設置が許可される。 |
1943年 |
4月 三井八郎右衞門氏より、現在の土地建物が啓明学園に寄贈される。 |
1944年 |
8月 初等学校3年生以上の児童生徒、拝島へ学童疎開。中学部、赤坂台町へ戻る。 |
1945年 |
5月 赤坂台町の校舎、空襲により焼失。 |
1951年 |
3月 理事長に米人宣教師O.D.ビクスラーが就任。 |
1964年 |
11月 新寮舎完成。 |
1965年 |
軽井沢に啓明学園寮完成 |
1967年 |
7月 E校舎(現初等学校校舎)完成。 |
1968年 |
9月 理事長O.D.ビクスラー、米国遊説中に逝去。 |
1970年 |
9月 理事長に三井高維就任。 |
1972年 |
4月 初・中・高に国際学級を付設。 |
1977年 |
オーストラリア・シドニーの男子校クランブルックスクールと短期交換留学制度できる。 |
1978年 |
4月 「週五日制」実施。 |
1979年 |
7月 理事長 三井高維逝去。 |
1988年 |
4月 S校舎(現高等学校校舎)完成。 |
1989年 |
ニュージーランド・タカプナグラマースクールと短期交換留学制度できる。 |
1991年 |
米国・タフトスクールと交換留学制度できる。 |
1995年 |
12月 中国・信男教育学園蕪湖淑文中学と姉妹校提携。 |
1997年 |
1月 名誉理事長に三井英子就任。理事長・学園長に平野吉三就任。韓国・中東学院高等学校と姉妹校提携。 |
1998年 |
6月 第1回「啓明学園フォーラム」開催。 |
1999年 |
6月 第2回「啓明学園フォーラム」開催。 |
2000年 |
3月 生徒寮の閉寮。 |
2003年 |
4月 初等学校体育館完成。 |
2004年 |
モンゴルのソドエルデム校と姉妹校提携。 |
2005年 |
米国テキサス州のセントメアリー校と姉妹校提携。 |
2010年 |
創立70周年記念式典挙行。 |
2011年 |
韓国済州外国語高等学校と交流校調印。 |
2014年 |
理事長・学園長に内藤洋介就任。 |
2015年 |
学園長に北原都美子就任。 |
2017年 |
理事長・学園長に北原都美子就任。 |
2022年 |
学園長に北原福二就任。 |
2023年 |
理事長に夏坂真澄就任。 |
啓明学園設立趣意書