漫画!②

今回は大友克洋(おおともかつひろ 1954年生まれ1973年デビュー)の『童夢』(1983年)を紹介する。

  私が予備校生のころ(1970年代後半)、ロック好きの友達の家に大友克洋の初期作品集の単行本『ショートピース』があった。これまで自分が手にしてきた漫画が少年雑誌に掲載されていたものだったのに対して、大友の作品は『漫画アクション』など高校生が本屋で手に取ることが憚(はばか)られる青年誌に連載されていたので、私はその時まで知らなかった。この予備校の友人はロックと映画と小説、ついでにタバコを愛する、ちょっとオトナな存在で、私は彼と話すのが大好きで家まで押し掛けたのだ。

 大友克洋のそのころの作品はこの予備校の友人の雰囲気と同じく、世界的な学生運動、ヒッピー文化、ドラッグ、ロックとジャズ、アメリカンニューシネマの影響を受けているといわれている。私自身の大学生のイメージはテニスとスキーで華やかに遊ぶのではなく、どちらかといえば汚い狭い部屋で酒を飲みながら男同士で語りあう文化にあこがれていたので、この大友が描く世界が自分に合っていた。時はドラックとセックスに明け暮れる退廃した若者を描いた村上龍の小説『限りなく透明に近いブルー』(1976年)が芥川賞を取ったころである。ちなみにこの小説は基地の町・福生が舞台となっている。

 今回も前置きが長くなったが、改めて『童夢』の話に移る。

 大友克洋といえば彼を一躍世界的に有名にしたSF・超能力漫画『AKIRA』(1982年-90年)があるが、『童夢』はその一作前の作品である。それまで若者の生態を描いてきた大友が、この作品から超能力に目覚めた。ただし舞台はAKIRAのような未来ではなく、東京のある巨大団地である。そうしたありふれた場所を舞台に子供と老人の二人の超能力者が、常人には目に見えない戦いを始めるというストーリーだ。

 注目すべきはあまりにも映画的な構図とストーリー展開だろう。例えば構図的には、並列・均等に並ぶ団地の建物群を斜め上空から俯瞰的に描写し、そこに「ドサッ」という小さな吹き出しだけで誰かが自殺したことを表現するなど、非常に大胆である。超能力者たちのアクションもスピード感にあふれ、これも今見ると非常に映画的(動画的)である。実際ハリウッドで映画化される企画もあったらしい。この圧倒的な臨場感が「大友以前・大友以後」という漫画史を区画するほどのインパクトをもたらした。『AKIRA』のスケールの大きさ、疾走感はここから生まれたのだ。そうした動的な描写と対極にあるかのような少女と老人の顔のアップのリアル感。画力のある大友の力量がいかんなく発揮されている。『童夢』が隠れた名作とマニアから称賛されるのはここにある。

  余談だが、大友の初期の作品『気分はもう戦争』(1982年)に世界中のヒッピーたちを乗せて中央アジアを走るバスが登場する。このバスは日本人バックパッカーのバイブルと言われる沢木耕太郎の旅行記『深夜特急』に出てくるバスのことだ。1970年代にインドのデリーからイギリス・ロンドンまで、ユーラシア大陸を何か月もかけて横断するバスが存在した。不定期で人が集まったら出発するといわれていたので幻の“マジックバス(Magic Bus)”と呼ばれていた。私も1981年にインドに旅行した時に現地でこのバスについて情報を集めたが、乗ることはかなわなかった。実際には1978年のイラン革命と1980年のソ連のアフガニスタン侵攻とでインドからヨーロッパまで陸路で行く手段はこの時にはすでに失われていたのだ。
 ともあれ、世界放浪にあこがれる諸君は『深夜特急』を一読することをおススメする。これも校長室に備えておくこととしよう。

(了)